ホムンクルスと七つの大罪

蒼

ねえ栞姉ちゃん、そもそもホムンクルスの名前についてる「七つの大罪」ってなに?

栞

それはね、キリスト教にある「人間を罪に導く欲望」の考え方よ。
詳しく原作に沿って解説を作ってみたから見てみて。

ちなみにイラストはAIで作ってみたんだけど……
スロウスがちょっとイケメンになりすぎちゃったわ(笑)

Fullmetal Alchemist Brotherhood Analysis

ホムンクルスと七つの大罪
原典と実像の比較解析

本稿は、荒川弘『鋼の錬金術師』および2009年版アニメ(FA)に登場する人造人間(ホムンクルス)の特性を、 そのモチーフとなったキリスト教神学における「七つの大罪」の歴史的・思想的背景と照合し解析するものである。

Theological Background

「七つの大罪」の起源と変遷

1. 起源:エヴァグリオスの「八つの想念」

現代で知られる「七つの大罪」の概念は、最初から7つとして存在していたわけではありません。その起源は4世紀のエジプトの修道士、エヴァグリオス・ポンティコスにまで遡ります。彼は修道士が克服すべき否定的な感情や精神状態を分析し、以下の「八つの想念(ロゴスモイ)」として定義しました。

  • 暴食 (Gastrimargia)
  • 色欲 (Porneia)
  • 金銭欲 (Philargyria)
  • 悲嘆 (Lype) – 望むものが得られない悲しみ
  • 怒り (Orge)
  • 怠惰/アケディア (Acedia) – 霊的な無気力
  • 虚飾 (Kenodoxia)
  • 傲慢 (Hyperephania)

2. 確立:グレゴリウス1世による改定

6世紀末、ローマ教皇グレゴリウス1世が、エヴァグリオスのリストを一般信徒にも理解しやすい形に再編しました。彼は「虚飾」を「傲慢」に含め、「悲嘆」を「怠惰」の要素と統合し、新たに「嫉妬」を追加しました。こうして現在知られる「七つの大罪(Seven Deadly Sins)」が確立されました。

「七つの大罪」における “Deadly” (ラテン語:Capitalis) とは、これらが単に「死に値する罪」であるだけでなく、他のあらゆる罪を引き起こす「源泉(Caput=頭)」となる罪であることを意味します。

3. 構造と『鋼の錬金術師』との関連

ダンテの叙事詩『神曲』煉獄篇では、これらの罪は「愛の歪み」として解釈され、最も重い罪(精神的な罪)から最も軽い罪(肉体的な罪)へと階層化されています。最も重いのは自分を神と等しいと錯覚する「傲慢」であり、最も軽いのは愛の方向性は正しいが節度を失った「色欲」とされます。

『鋼の錬金術師』において、「お父様」が自らの中からこれらを切り離したのは、「七つの欲望を切り離せば、人間は神(完全な存在)になれる」という思想に基づくものでした。しかし、これらを失ったお父様が実際には感情の乏しい空虚な存在となり、切り離されたホムンクルスたちの方が(逆説的に)人間味を帯びていたことは、作品全体を貫く大きな皮肉となっています。

プライド

PRIDE / 傲慢 識別: セリム・ブラッドレイ

詳細解析 (FA版準拠)

【キャラクター概要】
「始まりのホムンクルス」であり、兄弟たちの実質的なリーダー。表向きは大総統キング・ブラッドレイの養子「セリム」という無邪気な少年を演じているが、その正体は「お父様」の本来の姿(フラスコの中の小人)に酷似した、不定形の黒い影である。影には無数の目と鋭い歯を持つ口が存在し、影を自由自在に操ることで物理攻撃、斬撃、拘束、そして他者の捕食を行う万能の戦闘能力を誇る。

【大罪の反映】
「傲慢」は神学において「全ての罪の根源」とされる。彼は自身を「お父様の似姿」として誇り、人間を「下等生物」と呼び、同胞のホムンクルスですら「手駒」として扱う徹底した選民思想を持つ。しかし、その強大な力の反面、「容器である子供の肉体から出られない」「光源がなければ影を作れず無力化する」という極めて大きな制約を持つ。

【最期の皮肉】
エドワードとの最終決戦において、肉体の限界を迎えながらもエドワードの肉体を乗っ取ろうとするが、キンブリーの魂に「ホムンクルスの誇りはないのか」と介入され隙を見せる。結果、エドワードによって自らの本体である「極小の胎児」の姿を引きずり出された。
「傲慢」の名を持つ彼が、最も小さく無力な、しかし可能性に満ちた「胎児」へと還り、後にマダム・ブラッドレイの手で普通の人間として育て直される結末は、罪からの解放と再生を象徴している。

ラスト

LUST / 色欲 能力: 最強の矛

詳細解析 (FA版準拠)

【キャラクター概要】
妖艶な美女の姿をしたホムンクルス。指先を伸縮自在の鋭利な刃に変える「最強の矛」を持ち、あらゆる物質を切断・貫通する。物語序盤において計画の遂行役として暗躍し、新国(シン)のリオール暴動を扇動したり、ハボック少尉に「ソラリス」という偽名で近づき情報を引き出すなど、人心掌握にも長けている。

【大罪の反映】
原典における「色欲」は肉体的快楽への耽溺を指すが、作中の彼女は直接的な性愛よりも、人間の情愛や絆を冷徹に利用する「誘惑者」としての側面が強調されている。彼女の「矛」がいかなる盾をも貫く性質は、理性を貫き心を侵食する欲望のメタファーとも取れる。

【最期の皮肉】
第3研究所地下での戦いにて、ロイ・マスタング大佐と対峙。賢者の石の核を引きずり出して破壊しようとするが、マスタングにより傷口を焼かれて再生を封じられる。「再生する端から焼き尽くす」という壮絶な攻撃を受け続け、最後は石の魂を使い果たし消滅した。
死の間際、執念で自分を殺し切ったマスタングに対し「負けを認めてやるわ。死に急ぐ野郎共…嫌いじゃないわよ」と、人間の強さを認めるような言葉を残した。色欲の罪を持つ彼女が、最後に人間の「情熱(炎)」に焼かれて散る構図は鮮烈である。

グリード

GREED / 強欲 能力: 最強の盾

詳細解析 (FA版準拠)

【キャラクター概要】
「この世のすべてが欲しい」と豪語するホムンクルス。体内の炭素結合度を操り、ダイヤモンド並みの硬度を持つ「最強の盾」となる。お父様を裏切って独自の勢力を築いた初代、リン・ヤオの体を乗っ取り復活した2代目が存在する。特に2代目は、リンの強靭な精神と王としての器に影響を受け、奇妙な共存関係を築きながら「真に欲するもの」を探し求めた。

【大罪の反映】
「強欲」は通常、富や権力への執着として否定されるが、グリードの場合は「強欲だからこそ、手に入れた部下(所有物)は見捨てない」という独特の美学へと昇華されている。原典における「アワリティア(貪欲)」が、作中では「渇望」として再定義され、最も人間臭いホムンクルスとして描かれた。

【最期の皮肉】
最終決戦において、お父様に吸収されそうになった際、リンの体を守るために自ら分離することを選択。「一緒に行こう」と叫ぶリンに対し、嘘をついて彼を突き放し、単独でお父様の体内へ侵入。自らの炭素化能力を逆用して「最も脆い炭素(ボロボロの炭)」に変質させることでお父様を弱体化させた。
自身の消滅の間際、彼は「魂の友」を得られたことに満足し、「十分だ、もう何も要らねぇ」と悟って逝った。全てを欲した強欲が、最後に自己犠牲という無私を選び満たされる結末は、本作屈指の名シーンである。

エンヴィー

ENVY / 嫉妬 能力: 変身

詳細解析 (FA版準拠)

【キャラクター概要】
性別不詳の若者の姿をしているが、変身能力を持ち、イシュヴァール殲滅戦の引き金となった子供射殺事件を引き起こすなど、多くの悲劇の元凶となった。人間を「虫ケラ」と呼び、弄ぶことを好む残忍な性格。その正体は、人面模写された無数の魂が蠢く巨大な緑色の怪物であり、さらにその核となる本体は、掌に乗るほどの醜悪で小さな寄生生物のような姿である。

【大罪の反映】
原典における「嫉妬」は、他者の幸福を妬み、その失墜を願う陰湿な感情とされる。「変身」という能力自体が、「自分以外の誰かになりたい」という強烈な自己否定と願望の表れである。彼が巨大な怪物の姿を見せつけていたのは、ちっぽけな本体(本当の自分)を隠すための虚勢であった。

【最期の皮肉】
マスタング大佐による復讐の炎で焼き尽くされ、本体のみの姿に追い込まれた後、エドワードに本心を看破される。「人間を見下していたのは、人間が羨ましかったからだ」と。どんなに挫けても立ち上がり、仲間と支え合う人間に、孤独な彼は激しく嫉妬していた。
理解者などいないと思っていた人間に、最も触れられたくない本心を理解された屈辱と、ある種の救いの中で、自ら賢者の石を取り出し砕いて自害した。涙を流しながら消えゆく最期は、嫉妬という感情の哀れさを象徴している。

スロウス

SLOTH / 怠惰 能力: 超高速移動・怪力

詳細解析 (FA版準拠)

【キャラクター概要】
巨大な体躯を持つホムンクルス。「めんどくせー」が口癖で、思考も動作も緩慢に見えるが、実はホムンクルス最速の移動スピードを持つ。ただし速すぎて自分でも制御できず、止まるのも方向転換も面倒なため、普段は使いたがらない。アメストリス全土を囲む国土錬成陣の地下トンネルを、何年もかけてただ一人で掘り続けていた肉体労働担当である。

【大罪の反映】
神学における「怠惰(アケディア)」は、単なる怠けではなく「なすべき善を行わない精神的無気力」や「生の放棄」を意味する。「最速」という有能な能力を持ちながら、それを行使することを面倒がる矛盾。また、誰よりも過酷な肉体労働に従事させられていた点は、「怠惰」という名の彼にとって最大の皮肉かつ拷問であったと言える。

【最期の皮肉】
中央司令部での戦いにおいて、アームストロング少将・中佐姉弟およびイズミ・カーティス夫妻と交戦。その圧倒的な耐久力と暴走するスピードで猛威を振るうが、連携攻撃により限界まで再生能力を削られる。
最期は「生きるのもめんどくせー、死ぬのもめんどくせー」と言い残し消滅。生への執着が希薄であり、彼にとって死は、終わりのない労働と苦痛(生)からの解放であったのかもしれない。

グラトニー

GLUTTONY / 暴食 能力: 擬似・真理の扉

詳細解析 (FA版準拠)

【キャラクター概要】
常に空腹を訴える肥満体の男。知能は幼子のようで、ラストに強く依存していた。その正体は、お父様が「真理の扉」を人工的に造ろうとして失敗した成れの果てである。感情が高ぶると腹部が裂け、肋骨が牙のように展開し、その奥にある「擬似・真理の扉(闇の空間)」であらゆる物質、炎、空間そのものを飲み込んでしまう。

【大罪の反映】
彼の胃袋は無限の空間に繋がっており、どれだけ食べても満腹になることがない。これは「暴食」の本質である「決して満たされない精神の飢餓感」を視覚化している。また、彼の食欲は生存のためではなく、単なる消費と破壊として描かれている。

【最期の皮肉】
ラストの死後は復讐心に駆られ暴走するが、後にプライドと行動を共にする。しかし、戦いの中でプライドが嗅覚能力を必要とした際、瀕死の重傷を負わされた挙句、同胞であるプライドによって無惨に捕食され吸収された。
常に「食べていい?」と問いかけ他者を捕食してきた彼が、最期は「エネルギー源(食材)」として味方に捕食されるという結末は、弱肉強食の極致であり、道具として使い捨てられた悲哀を帯びている。

ラース

WRATH / 憤怒 識別: キング・ブラッドレイ

詳細解析 (FA版準拠)

【キャラクター概要】
アメストリス国大総統「キング・ブラッドレイ」。幼少期から大総統となるべく英才教育を受け、数多の候補生の中から賢者の石を注入されて生き残った唯一の「人間ベース」のホムンクルスである。そのため歳を取り、再生能力を持たないが、弾道すら見切る動体視力「最強の眼」と神速の剣技を持つ。常に冷静沈着だが、その内面には管理された社会への、そして自身の不自由な生への憤怒を秘めている。

【大罪の反映】
一般的な「憤怒」が理性なき爆発であるのに対し、彼の怒りは極めて静的で鋭利である。彼の人生はすべて「お父様」によって敷かれたレールの上にあったが、その不条理に対する怒りが彼の生きる原動力であった。人間を見下すホムンクルスの中にあって、最も人間社会に深く入り込み、人間としての老いや死を受け入れている点も特異である。

【最期の皮肉】
約束の日の戦いにて、フー、グリード、バッカニア大尉らとの死闘を経て重傷を負い、最後は復讐者スカーとの激闘の末に敗北。「神の代行者」のようなスカーに、神を信じぬ彼が討たれたのは皮肉であった。
死の間際、妻への愛を問われ「あれは私が選んだものだ」と答える。強制された人生の中で、妻を選んだことだけが唯一の「自分の意志」であったと肯定し、満足げに息を引き取った。彼はホムンクルスの中で最も人間らしく、王としての矜持を保ったまま死んでいった。

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